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■ 旅の空から ■

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2014年 04月 20日

女川 日帰りバスツアー

前から被災地へ行きたいと思っていたのです。
でも、2011年は在宅介護中で行けなくて、2012年は介護と、バーサンを見送ったあとの虚脱感で体調を壊したり何もすることが出来ず。

さて、2013年は……と、ツテを探すけれど、見つからず。
知りあいに仕事の用で行くひとはいるけれど、仕事で行くのだから「一緒に行かせて」とは言い出しにくく、一人で車で行くのもちょっと遠くて運転の自信がなく…

いや、本気で行こうと思えば行けたのでしょうが、踏ン切りがつかなかったのです。

そんな時、この冬に、「東北へ行ってきたよ」という人(男性)がいて、聞けば、当地出発の日帰りバス旅行「被災地を見学し、焼き牡蛎をたべるツアー」に一人で参加してきたと。
その人は、市の職員で、震災直後、仙台市の役所の手伝いに市から派遣されていた方。今は定年退職されているのですが、「やっぱり、一度行った方がいいよ」という話。

で、それ以来、私もこちらのツアーを調べたりしてて、ようやく見つけたのが女川行きのツアー。
やはり「震災の被災地に一度行きたいと思っていたの」という女性と二人で参加してきました。
女川原発は東北電力だし、当地は東北電力管内のため、どんな町なのか関心もあったので。

結局、原発の話はぜんぜん聞けなかったのですが……

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バスで高速道路を走り、福島から仙台を通り、松島の脇を過ぎ、石巻から女川へ。トイレ休憩を入れながら約5時間。
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磐梯山サービスエリアから見た、磐梯山です。
まだずいぶん雪が残ってる。
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朝の7時に出発して(家を出たのは6時半)、昼食予定の女川のホテルに着いたのが12時過ぎ。ホテルの食堂で「海鮮丼」で昼食。
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女川華夕美(三陸の恵 8種の海鮮丼のご昼食)
三陸って海産物の宝庫かと思ったら、具材すべて冷凍で…。ちょっと悲しかった。でも、モズクの入った味噌汁が美味しかった。
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ホテルの食堂の窓から見る海は、穏やかに凪いでいました。この海が荒れたなんて…。あとで見に行くことになります。

震災の語り部をやっているという若い女性がバスに乗り込んで、説明を受けながらバスの車窓から見学。

その方は、マリンパル女川という、おさかな市場で働いていたそうですが、津波が来たとき高台に逃げようとしたけれど、道が混んでいて、別の山の方へ逃げて助かったとか。それも途中で車を捨て、すぐに戻るつもりでバッグも持たす、携帯だけもって逃げたとか。家族は助かったけれど、職場も被害にあい、家も流され、今は仮設住宅に住んでいるとか。
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マリンパル女川があった港の方へ。案内の女性は、この高台に逃げようとして、渋滞で反対の山に逃げたそうです。
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下の車と比べると、その高さがわかりますが、この高台の上まで津波はおしよせ、フェンスを倒し、車も、ひとも、さらっていったそうです。

淡々と語っていらっしゃったけれど、実際に体験した方の話は、テレビで見るのとは違って実感を持って伝わってきました。
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女川は、周囲を山に囲まれた小さな町。
車窓のすぐそこ(写真は撮れなかったけど)、町のあちこちに空き地が広がっていて「ここも以前はびっしりと家が建ち並んでいたのです。
地震で1メートルほど地盤沈下して、海側は満潮のたびに水につかります。まだ土地の利用の計画ができていないので、復興がすすんでいないのです」とのこと。
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「震災の遺産として残すのが、町にひとつと決まったので、今はこれしか残されていませんが…」と説明されたのが横倒しにひっくりかえったビル。土台(底)の部分が壁のようになっていました。
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4階建てのビル。横倒しです。
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脇の、更地になった砂地に、ブロックを積んでお花とお線香が供えられていました。ここで亡くなった方々が大勢いらっしゃる……胸が詰まる思いでした。

「震災の時、町の約8割が被害にあい、被害の軽かった2割のなかに、高政というかまぼこ屋さんがあって、被災者にかまぼこを配ったり、避難所に温かい食べ物を配ってくださったりしました。自分も職場を失った時に、一時そこに雇ってもらったのです」と。

……ということで、ツアーのお決まり、かまぼこ工場の見学と買物(写真はありません)。
バスを降りる時、語り部の女性に「原発はどちらですか?」と訊いたら「ここから車で30分ほどの、あちらの方になります」と。なんか、それ以上訊けなくて……。

マリンパル女川(海産物販売所)は、高台に移転して仮説店舗に、今は6軒の店が入って、今度はそこへ移動してお買い物。
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店の前にはテントを張って、野菜を売っていました。おやじさん「オレの息子、東京電力で。六日町に行ってるんだ」と言ってました。
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コンクリート製の樋。「日曜には観光客のために魚を焼くのかな」と思ってけれど、行った日が日曜日。中を覗いたら炭がありましたが…。
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店の脇で干物も作っています。
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入ってすぐに、事務スペースがあり、「東日本大震災前のマリンパル女川おさかな市場」の写真が貼ってありました。
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見えるかしら。真ん中の下の2段の写真。にぎやかだった店内が写っています。こんなに賑やかだったのが、今は6店舗のみ…。

「白石川堤一目千本桜」は、長い土手にずっと続く桜並木。
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満開の頃にはさぞ見事だろうと思ったのですが、わたしたちが着いたのが4時頃で陽も傾き、肌寒く桜も盛りをだいぶ過ぎ。
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でも、露店が並び、シートを広げてお花見をしてるひとも…。
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お花は、散りそめ。というか3〜4割はガク。
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でも、一抱えはありそうな大木も有り、見上げるときれいな花天蓋。

そこからは帰途。
途中、通った石巻なども、海辺の新しい倉庫郡のあいだに、ずいぶん更地が見えました。震災後、3年余り、といっても、復興はまだまだなんだな、と思いながら帰ってきました。

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今回、わたしが友と参加したツアー「女川 海鮮宝石箱と白石川堤一目千本桜」〈日帰り〉というのですが、女川の某ホテル「三陸の恵、8種の海鮮丼で御昼食」の中身が悲しくて。
娘に海鮮丼の写真をメールで送ったら「かまぼこも海鮮? 卵焼きも海鮮?」とのレス(笑)。

かまぼこ工場の見学・ショッピングと、マリンパル女川ショッピングは、こちらもそのつもりで
被災地にお金をおとすのも、復興の一助とおもっていたのです。

で「女川の海の幸3500円相当が入った「海鮮宝石箱」のお土産付き!」には、あまり期待してなかったの。
海鮮丼が、アレだったから。

でも、帰り着いてバスを降りる時に手渡された、大きめの発砲スチロールの箱を開けてびっくり玉手箱!
「マリンパル女川」のシールを貼った箱の中には、イカの塩辛、鮭のカマが沢山、三陸の干しエビ、秋刀魚の佃煮、サンマのすり身(味つき)、殻付きの牡蛎5コ!・・・どうみても3500円以上!

すまん、みくびって、すまん。
と、反省しました。

バス会社と契約して、ホテルで食事をしてもらい、お客様にショッピングしてもらい、お土産もつけて……
バス会社にどれくらいバックしてるか分らないけれど、ひっしでお客を呼ぼうとしてる様子。
なんか、涙がでそうでした。

だって、高台に移転したマリンパル、どうみても、町から遠く、お客が来そうにないところにあったんだもの。
生き抜こうとして、努力している姿が透けて見えて……

ちなみに、災害時に、男気を出した、かまぼこ工場、高政さん、通信販売もしてるとか。
マジで、お世辞抜きで、美味しかったです。

こちらのホームページ。
上の方に
「がんばっぺ 女川!」
「負げねーど 宮城!」
「おだづなよ 津波」
と書いてありますが「おだづなよ」というのは、調子にのるなよ、という感じですって。
「ふざけるな 津波!」「調子にのるなよ 津波!」って感じ。

復興への心意気ですね。

by hidaneko-in-NY | 2014-04-20 23:41 | 観光


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